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米沢有為会会誌復刊13号(昭和39年8月発行)
興譲館だより(昭和39年、1964年)

東京興譲館

 近代建築の立ち並ぶここ東京の真中で、その建物の中にも伝統の古さをなおかつとどめている我が東京興譲館の様子をお知らせいたします。現在ある東京興譲館は、昭和24年10月2日に再建されて以来15年になります。その時から毎年1回ずつの新陳代謝をへて現在に至っているわけですが、今年は、川越一郎、木村貞二郎、佐藤毅、時田威、羽田和雄、横山東士の各諸氏を送り、新たに6名の新入舎生を迎えました。

 わずか28名とはいえ、その28名全部が同じ屋根の下に起居を共にするという事は大きな力であります。お互に、それぞれの専門とする学問を、知識を、個性をぶっつけ合う中に、あるいは和やかな語らいの中に、自分の生き方を考えようと努めております。上級生の若さの中にも落ち着いたムードと、新入生の新節なエネルギーの良き平衡状態の中で毎日を送っています。
 では次に近況をお知らせいたします。
 昨年の11月と、今年の5月に舎生の一泊旅行を行ないました。昨年は、雪をかぶった谷川岳のふもとの谷川温泉で卒業を数ヶ月後にひかえた4年生を中心に、今年は、南国伊豆の松崎で新入舎生を中心に、始終和気藹々とした雰囲気の中で思い出深い一夜をすごしてきました。谷川温泉では、残り少なくなった先輩の座に名残り惜しくなったのか、一城の主であるかの如く振う先輩あり、また、松崎では慣れぬ(?)アルコール攻撃に、その方のコツはとうに心得た(?)先輩に援助を求める者あり、楽しい一時でした。
 また、少しのアルコールでもより活発な議論が生まれるという現在の寮の状態を考えれば、より高度な議論を引き出すには、酒なる潤滑油を与えればよいという簡単な逆の関係が成立つような気がするのであるが...............。
 昨年の会誌の興譲館だよりでもお知らせしました様に、看護学院寮とのフォークダンスの交際は、年々継がれて今もって続いています。1年生の当初は、少々まごつきながらも、大いにハッスルしていた者も今は3年生。落ち着きを見せつつ、1年生諸君の奮闘ぶりを見守り、女性の前でも、何の恥らいもなく米沢弁を丸出しにする輩と相成りました。5月には、その看護学院寮の人達と、観音崎の灯台に合ハイに行き、初夏の・潮風を胸いっぱい吸い込んできた次第です。
 1年365日の中には、舎生全員が朝6時前には必ず目を醒まさなければならないという、当寮の常識からすれば非常に異常なる日が3、4日程度あります。それは。春の大掃除と夏と秋の2回にわたる草刈りの日がその主なものです。東京のド真中のどこで草刈りをと疑問に思う人がおられるかと思いますが、この寮内の庭の雑草は、ほおつておけば1メートル近くなります。それで環境衛生の面から、あるいは早朝の新鮮な空気を長い間吸ったことがないという舎生に対する思いやりから、草刈作業なるものを行うわけです。こういう日には、この日ばかりはと、目覚し時計を3つ4つかき集めて早く起き、他の舎生の布団をはいでやることを専らの趣味としているものもあります。きれいに刈り取られた後に、改めて庭の広さを感じるのもこの時です。
 ここ2、3年、理科系の学生が多くなり、野球のチームを作ることができる程になりました。それで寮の中で、文科対理科の野球試合、あるいは他の球技大会を行なおうじやないかという気運があり、寮内のより高度な親睦を深めるため皆努力しています。
 野球試合と言えば、5月に山形県関係の4つの寮の間で、対抗試合がありました。我が寮からも選手が選ばれて、1回戦庄内寮を相手に堂々と戦ってまいりましたが、気力だけは先走りするも、それに手足が伴わず惜敗のやむなきを得て帰ってきました。尚、3位決定戦においては、育英寮を破り惨敗の憂き目だけは免れてきたという次第です。
 以上、最近の東京興譲館寮の様子をとりとめもなく書きましたが、皆、より良き人間形成のためにお互に刺激し合っていると言えそうです。
 では次に、舎生を紹介いたしまして筆をおきます。
  ○新入舎生
伊 藤 秀 靖   中大理工
大 滝 則 忠   教育大文
加 藤 国 雄   東工大
今 野 尚 敏   早大教
高 橋 丈 夫   武蔵大
横 山 北 士   教育大体 三年
  ○ 2 年 生
安 部 洋 司   法大社会
五十嵐   宏   教育大教
佐 藤 陞 三   慶大経
手 塚   修   早大理工
豊 原 重 良   中大商
中 島 正 臣   早大理工
平 山 和 博   東工大
  ○ 3 年 生
今 井 利 男   早大商
小 野   仁   中大高
上 村 正 和   工学院大機械
小 島 邦 浩   東薬大
島 貫 祐 輔   教育大体
斎 藤 亜基夫   早大教
高 瀬   勝   早大理工
樋 口 正 宏   早大理工
舟 山 国 夫   明大政経
  ○ 4 年 生
井 熊 征 一   早大法
金 子 健一郎   法大経営
後 藤 芳 雄   教育大体
高 橋 英 也   大東文化大経
筒 井 善二郎   早大理工
村 山 晃 也   明大農経

看護学生との観音崎への合同ハイキング


仙台興譲館

 ここ仙台も森の都にふさわしく、鮮かな新緑に包まれています。
 当寮では、今年は伊東享司、加藤正一郎、鈴本治雄、中村精三の諸氏を社会に送り出し、替って6名の新入寮生を迎えました。例年のことながら、この新陳代謝を終え、前年とは又変った雰囲気の中に、寮生一同、和気藹々、毎日を学業に、スポーツに大いに励んで居ります。以下当寮の寸景を2、3御紹介致したいと思います。

O 「文集発行のこと」
 新人寮生を迎えての今期第1回の総会で、文集を編集することが満場一致で決議された。なかなか良い企画だと思う。30人近くの寮生がいながら、今迄文集が発行されなかったのが却って不思議なくらいである。
 自己を表現する方法は、いろいろあろうが、この様な企画は、文章を綴る機会が少い理科系の学生にとつては特に有意義なものである。
 小学生の頃から作文に関しては、良い思い出を持っている人は少い。現在、寮生一同第1号の原稿を執筆中だが、大分苫心している者もいる様である。文集の名前は、みんなであれこれ考えてはいるか、なかなか決まらない。自分の子供に名前をつけるのに、苦心するのと同じである。
 第1号は夏休みまでには発行の予定であるが、どんな物が出来上るか、今から楽しみである。

O「米沢有為会、仙台興譲館」のこと
 今年の4月より「米沢有為会、仙台興譲館、仙台市角五郎丁12」と書かれた縦60センチ、横15センチばかりの板が、当興譲館の門柱に掛けられている。表札である。普通の家では当り前のこの表札も、当寮には、少なくもこの3年間は掛けられたことはなかった。こんな貧弱な板切れ1枚でも、掛けられてみると、建物全体が何か引き締って見えるのだから、表札とは不思議なものである。
 この表札は新入寮生が何処で見つけ出して来たのか、1枚の板切れをかんなで削り、マジックインキで書いたものである。新人は、どこでも新しい環境の中のいろいろの不備な点に気がつき易い。前年までの新人寮生は、先輩に敬意を表して、先輩の生活振りを範とする内に表札がなくとも、何んとも感じなくなってしまったらしい。
 今年の新人寮生は、なかなか元気が良い。今年は例年に比べて大学入試の競争率が低かったせいか、あまりこせこせしないですんだからかもしれない。新寮生の歓迎コンパでは、新寮生は借りて来た猫に化けるのが、例年の相場であるが、今年は、あっぱれ古狸に化けた者もいた。彼等は目下新風を吹き込みつつある。この表札は、彼等の記念すべきものになるかもしれない。

O「過ぎたるは及ばざるが如し」のこと
 冬はスキーである。当地仙台は、仙山線沿線、蔵王、鳴子といった良いスキー場に恵まれている。しかしいかにスキー場に恵まれているとはいえ、家の近くでキャッチボールをやるみたいに、気軽には出来ない。金はかかるし、時間もかかる。時間の方はどうにか工面出来ても、金の方となるとそう簡単にはいかない。そこで若いエネルギーを発散させ、金もかからず、その上気軽に出来る様なスボーツが必要となる。それには卓球である。そこで寮生は、毎日々々卓球に熱中することになる。こんなある日曜日、東北大医学部の寮、昭和舎と卓球の交歓試合を行うことになった。選ばれた精鋭7人は、日頃の腕前を発揮すべく、自信満々敵地に乗り込んだ。結果は3対4、惜敗であった。
 世界の卓球の強い国々を並べてみると、狭い国とか、経済的にあまり豊かでない国が多い。アメリカ、ソ連といった大国は、それほど強くない。スポーツもその国情に左右されるという一例であろう。こう言考えてみると、仙台興譲館は、卓球に強くなる条件を、十分備えていることになる。食卓はそのまま卓球台になるし、食堂がそのまま卓球場に早変りするが、狭い事といったら夥しい。肝心な所に柱が1本厳然と立ちははだかっている。プレーしながらブツカリはしないかと、ひやひやするが、今迄誰1人として体当りを試みた猛者はいない。お陰で興譲館スタイルの卓球が完成されつつある。
 しかし結果は前述の通りでめった。我精鋭達は、敵のりっぱな卓球場を見て、萎縮してしまった様である。当寮は卓球に強くなる為の条件を、十分過ぎる程、備えていたのである。"過ぎたるは及ばざるが如し" である。
 年中行事の1つ春のピクニックは、松島大鷹森に行きました。快晴に恵まれ、総勢40名は楽しく春の1日を過す事が出来ました。
 以上仙台興譲館の近況を御紹介致しました。

    仙台興譲館寮生名簿
加 藤 義 彦  東北大  工  1年
高 橋 英 機  東北大  教育 1年
高 山 征 一  宮城農業短人  畜産学科1年
田 中 健 治  東北大  工教 土本工学科1年
戸 田   隆  東北大  工  1年
松 本 耕 輔  東北大  工  1年
江 田   昭  東北大  理  2年
遠 藤 秀 樹  東北大  工教 機械工学科2年
小 口 征四郎  東北大  工  2年
佐 藤 正 昭  東北大  工  2年
情 野 晃 一  東北大  理  2年
率 吹 隆 一  東北大  工  2年
五十嵐   廉  東北大  工  金属材料工学科3年
尾 形 四 郎  東北大  工教 機械工学科3年
大 滝 二三夫  東北大  工  電子工学科3年
木 村 昌 三  東北大  工  精密工学科3年
蔵 田 国 信  東北大  理  化学科3年
豊 野 好 一  東北大  教育 3年
沼 沢 俊 夫  東北大  工  電子工学科3年
千喜良   誠  東北大  理  化学科3年
相 田 侃 次  東北大  医  薬学科4年
大 友 康 之  東北大  工  応用化学科4年
鈴 木 正 明  東北大  法  四4
鳥 田 和 寿  東北大  工  化学工学科4年
長谷川 啓 二  東北大  教育 4年
山 口 孝 宣  東北大  農  畜産学科4年
高 橋 信 男  東北大  法  4年
金 円 隆 樹  東北大  医  医学科5年

青下貯水池での芋煮会

札幌興譲館

 北国札幌は淡い春の目差しと共にカッコーの声が木々の静寂に響き、明るい希望と活気に満ちた生活が再び始まりました。
 札幌興譲館の新しい生活は新入生を迎えることによって始まります。大志に燃えた若鷲を迎えるには今年の札幌は寒すぎました。駅に着くやいなや吹雪の洗礼を受けてすつかり震え上がり乱雑な集会室のストーブを見ながらひつそりとした寮にめつて若鷲達はセンチメンタルな想いを遠く故郷へと馳せていたようです。
 暗い夜道を裸の若者が走ります。恒例の新人寮生観迎コンパのストームです。新入生はすでにドンブリ酒の洗礼を受け 1人はダウンもう1人はダウン寸前です。パンツ1つになるのにはまだまだ寒い札幌ですがそこは若さです!! ファイトです!! 女子寮を皮切りに近所の秋田、仙台、会津の各寮を若き情熱は嵐のごとく吹き荒してゆきます。そして例年どうり新入生は全部倒れ、東の空の白む頃、青春の宴は "都ぞ弥生" で静かに幕を閉じます。
 楽しさの後は労働です。春の大掃除は5月10日雨天ではありましたが行われました。今年は記念植樹を行おうという発案でイボタの垣と十数本の白樺を丹念に植えました。そして雨の降る中で土を掘りながらこの白樺が爽やかな緑のメロディーを奏でる時分のこの老朽化した寮の将来を考えると寮生全てがひしひしと責任を感じたのではないでしょうか。
 下着まで濡れた体を風呂で暖め、ジンギス汗鍋と僅かのアルコールで満腹を味わった時僕達は何と素晴しい寮友と誇るべき館をもったことに満ち足りた想いで一杯でした。
 このようにして私達は青春の日々を送つています。そして6月にはソフトボール大会、また日頃御世話になっております札幌有為会の方々と楽しい会を、秋には旅行、コンパ、有為会総会、大掃除、Xマスカクテルダンスパーティ、卒業生迫出しコンパと数多くの行事を予定しております。
 次に寮の経済問題について述べたいと思います。 札幌の昨年の人口増加は5万で総人口71万人となったのですが、今年は、昨年以上の人口増加が見込まれており、北海道の商業の中心地といかれ、消費都市といわれる札幌は、急速に拡大しているようです。その中央にある北大は、黄緑の若葉に深々とつつまれ、その柔らかさにうっとりする北国の自然公園なのですが、そこにも多くの問題があります。寮の会計を担当するものとして、物価について少々記してみたいと思います。北海道には、北海道価格といわれるものがあり、日用品、食料品等、本州に較べかなり高いようです。新聞に載った例をあげますと、札幌、東京、大阪での価格が、石けんは、夫々30円、28.1円、28.7円、ハクサイは夫々23.3円、11.5円、16.9円という現状です。運賃が高いとか、流通機構の欠陥とかいわれていますが、ともかく物価は安くないようです。現在寮費は、1人当り1ヵ月50円弱で、昨年の4月に比較して、寮母の待遇改善、物価の高騰のため、700~800円の値上がりが見られます。先日私達の寮の近辺の仙台、会津、秋田の私設寮及び北大学寮が集まって寮の経済的運営等について、話し合いが持たれ、調味料の共同購入による寮費の引き下げが具体的に進められております。また、越冬野菜の共同購入なども考慮中です。冬期間の燃料費1人6,000円程度)も他の地域にはない特別費用でしょう。確かに下宿のことを考えれば、寮としても恵まれている札幌興譲館はでユートピアかもしれません。奨学金が生活費に費やされ、アルバイトに追われる生活が、目につく今日学生のための寮の必要性を強く感じます。私達の寮の土地は、財務局の管理下におかれ、現在4万円余の土地代を、徴収されており、この土地代は、有為会の方にお願いしております。このような高額な出費に対して黙認するわけにはゆかないと思つています。そのお金を少しでも寮の維持人件費の補助などへ、まわせたらと考えております。秒を刻むようなわずかな値上がりが、山積して、ついには、大きな値上がりになってしまうので、1つ1つの費用を吟味していこうと思います。そして種々の値上がりと共に寮の老朽化によって生じる様々な修繕、水道工事、寮母さんの待遇問題、当寮としましては食事(3才の子供と2人分)付7,000の給料、年5,000円のボーナス2回、冬の石炭代、健康保険加入、月2回の休みともちろん充分とはいきませんが出来るだけのことをやっているつもりです。なんといつても寮生が少ないためちょっとの値上げも1人1人に響いてきます。そして寮母さんの昇給、退職金の問題等も考えなければなりませんが現在の私達の力ではどうにもできません。以上の様に経済面に於いて問題をもっているのは当寮だけではないと思います。そしていつか機会を見つけまして仙台、東京興譲館の方々とも話し合いたいと思つております。
 最後に誌上を拝借いたしまして、日頃・世話になっております大橋さん、登坂さん、伊藤さん、大阪に転勤になられました武田さん、中野さんを始めといたしまして有為会の方々に深く感謝いたします。
    札幌興譲館生名簿
 須 藤   進  医学部  4年
 鈴 木 大 和  医学部  4年
 加 藤 公 清  工学部  4年
 南 部 紀 夫  理学部  4年
 平 井 利 明  理学部  4年
 高 野 文 彰  農学部  3年
 近 藤 喜十郎  文学部  3年
 山 村   勝  教養部  2年
 古 べ 友 宜  教養部  2年
 孫 田 忠 誠  教養部  2年
 平 田 謙 志  教養部  1年
 相 田、勝 彦  教養部  1年
 須 藤 誠 一  教養部  1年
    卒 業 生 
 安 部 俊 示(住友金属) 
 森     一(日本鉱業)
 本 名 正 文(川崎電機)
 恩 田 正 臣(農林省)

冬の札幌興譲館